TEO Side Story TEO Side Story
last updated 1997/06/24

第40話(全130話)

マスター、マリカを救う(1/3)




第三章 旅の風景

1 マスター、マリカを救う

 草原を走り抜けたマリカとマスターは、エルモの森のいちばん東のはずれにある泉で小休止
を取ることにした。マスターに休息は必要なかったが、マリカを乗せて走るワーターには、喉
の乾きを癒す必要があった。すべてのデータは失われているはずなのに、マスターにはワータ
ーの息遣いと歩の進め方で、いつこのグリフォンを休ませるべきかを判断することができた。
 それでマリカに「休憩が必要みたいですよ」と進言したのだった。
 マリカはニッコリうなずいた。
「ええ、そうね。マスター、あなたワーターの扱い方は覚えてるのね。何もかも忘れちゃった
わけじゃないのね」
「覚えてるっていうより、自然とこうすべきだって頭にひらめくんです」
「ひらめく、ねえ」マリカは不審そうに言う。「コンピュータにもひらめき、なんてあるのか
しら。それは人間とか動物だけの特権かと思ってたわ」
 マリカは言うと、疲れているワーターを水辺へ誘い、その甘い水を飲ませた。
 辺りは泉を囲むように繁った木々に囲まれ、清々しい大気に満ちていた。この辺までくると
、さすがにエルモの濃密なミルク色の霧も薄くなり、陽光が頭上を覆った木々の葉を通してキ
ラキラと射し込んでくる。泉から流れ出るちいさな川があるのだろう。せせらぎの音が耳に心
地良い。ピートはうっとりと風景に見惚れ、せせらぎの、心を洗い流すような調べに耳をすま
せた。気が付くと水辺に腰掛け、足の先を冷たい水の中に入れて、チャプチャプと水を揺らし
て遊んでいた。
 そんなロボットの姿を、マリカは黙ってみつめていた。
 マスターはもうマスターではないのかもしれない。
 そう感じた。
 ロボットが水辺にしゃがんで、足の先を水に入れて遊んだりするだろうか? そんな行動に
ロボットはどんな有意義な意味を与えるというのだろう。水の冷たさに喚声を上げることも、
肌に水が当たることの心地好さも、水面を渡る風を頬に受けることの爽やかさも、ロボットに
は無縁のはずなのに。なのに。マスターは水辺に腰掛け、本当に心地好さそうに水と風に戯れ
ている。どういう回路不良なのかはわからないが、それでもマリカにとって、こんなマスター
の不調は決して不快ではなかった。むしろ、人としての感受性を共有してくれているようで嬉
しかった。
 マリカは目を細めて、水辺に休むマスターをみつめていた。木漏れ陽の中で、泉に腰掛ける
ロボットのその姿は、マリカの目に、それこそ妖精のように映った。妖精が、有り得ざる命が
ひとつの形として現れたものだとすれば、いまのマスターこそ、まさに妖精だと思った。
 ピートはそんなマリカのやさしい眼差しに気づかないまま、そよ風に頬を撫でられながら、
考えるとはなしに考えていた。
 ここはテオよ。
 マリカはそう言った。テオ、と確かにそう発音した。だとしたら、ここは本当にテオなのだ
ろう。けれど、そんなことが有り得るだろうか? 母さんの童話に登場する架空の世界が、現
実に目の前に広がっているなんて、そんなこと有り得るんだろうか?
 考えてみる。どんなに考えても、しかし、「こういうことなんだ」と自分に明快な説明を与
えることはできない。
 そしてピートは考えること自体を放棄する。みつかるわけもない「答え」を捜して、あれこ
れと考えることを「悩む」と言うのだろうと思った。もう悩むのは飽きた。ここへ飛び込んで
きてしまってから、あれを考え、これを考え、それを疑問に思い、どれにも答えなんかみつか
らなかった。なのに、いままたひとつ質問を増やすことに、どんな意味があるだろう。悩んで
いたって何もはじまらない。
 テオが母さんの空想だと思うから、それを前提にして考えようとするから悩んでしまうので
あって、そもそもテオという世界は実在していて、たまたま母さんがそこを物語の舞台に選ん
だのだと考えれば、悩む必要なんてない。それでも無理に「いや、テオはやっぱり架空の世界
で、ぼくはその架空の世界に迷い込んでしまったんだ」と言い張りたいなら、この景色をよく
眺めてみればいい。
 こんな泉のやさしい風景が、実在しないのだと心から言えるのですか、と尋ねてみればいい
。あの風にゆれる木々の葉を見てよ。あれが架空だろうか? 揺れる木々の葉からこぼれる陽
射しのきらめきは、どんな空想よりも鮮やかだ。この冷たい水の心地好さを、どれほどリアル
な夢なら体感できるというのだろう。茂みの上を飛ぶちいさな昆虫の姿を見てよ、まるで空飛
ぶホタテ貝じゃないか。ホタテ貝がミツバチの羽根を持ってブンブン飛び回ってるみたいだ。
もしあれが実在していないというのなら、きっとマリカを背に乗せて走り続けていたワーター
もまた、架空だということになる。グリフォンなのだから架空に決まってると、理性がそう言
うのなら、どうしてなのか教えて欲しい。どうして、ぼくはグリフォンが疲れてきてる、とか
、休ませる必要があるとか、そんなことを知り得たのか教えて欲しい。それはワーターが実在
していて、その呼吸が乱れてきたり、肌が汗ばんできたり、瞳に溢れていた気力みたいなもの
が薄れてきたことを、ぼくが実際にこの目で見て、肌で感じたせいではないのですか? 
 もう考えるのはよそう。
 いまここにぼくがいる。それだけが確かな現実で、だからぼくがいるこの世界もまた現実な
んだ。有り得ないと言うなら、こんな世界でロボットに憑依しちゃってるぼく自身がいちばん
有り得ない。そう考えることはぼくが自分で自分を否定してしまうことだ。自分で自分の存在
を消し去ってしまうことだ。ぼくはここにいるし、マリカもワーターもちゃんと実在してる。
この泉も、そよぐ風も、木々の枝の上を高く流れて行く雲も、すべてがきちんと存在してる。
 なのに、なにを疑う必要があるだろう。なにを悩む必要があるだろう。
 すべてを受け入れ、世界が導くままに走って行くことよりほかに、この状況を改善する方法
があるだろうか? 母さんのもとへ帰りたいのなら、帰り道を捜す努力をすべきだ。道のある
なしそのものを疑い、あれこれと悩んでいたって、母さんの面影は遠退くばかりで、ちっとも
近づいてはこない。

(つづく)




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